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zoom RSS 段中の悪

<<   作成日時 : 2015/09/22 11:50   >>

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 「段中」とは、広島市立段原中学校(広島市南区)の略称である。

 「段中の悪(わる)」とは、往時の張本 勲氏(元プロ野球選手、野球解説者・野球評論家)たちのことである。

 当文は張本氏を悪く言うために書くのではない。彼が一昨日、TBSで放映した『サンデーモーニング』で例のごとく『喝!!』と言っているのを聞いて、ふと私の往時を懐かしく思い出したから書くことにしたのである。

 私は昭和29年に広島市立比治山小学校に入学した。

 入学して驚かされたのは、1学年上までは6クラス程度なのだが、団塊の世代のトップを切った私たちの学年は12クラスもあったのである。そのあおりで教室が足りず、プレハブ教室での二部授業を余儀なくされたこともあっ
た。

 近くの広場でクンちゃん(後にプロ野球の国鉄スワローズで活躍した福冨邦夫氏)たちと草野球を楽しんだこともあった。

 比治山小学校での6年間はいろんなことがあったが、総じて楽しく学んだのである。

 その間、小学校4年生の時、少し離れたところに転居している。2軒隣りには、私より1学年上の拓郎君(現シンガーソングライターの吉田拓郎氏)が住んでいた。


 そして、小学校卒業時、中学校の選択を迫られる事態となった。

 比治山小学校は段原中学校学区なので、本来は段原中学校への入学となる。

 しかし、私は翠町中学校学区に転居していたので、どちらの中学校に入学することも可能であった。

 そして私は、結果的に翠町中学校を選択したのである。

 それは、段原中学校には“「段中の悪」が幅を利かせて柄が悪い”との話を聞いたからである。その話を聞いたのは、段原中学校に通っていた2歳上の兄からだったかどうか定かではないが・・・・

 この選択は、私のその後の人生を変えたと言っても過言ではないと今でも思っている。

 今まで慣れ親しんだ地や友達と離れ、全く見知らぬ新天地に足を踏み入れた心境であったことを覚えている。


 張本氏は私の7学年上である。

 したがって、私が小学校卒業時に“「段中の悪」が幅を利かせて柄が悪い”張本人ではない。

 しかし、当時の悪がはびこる土壌を生んだのは張本氏だと私は思っている。


 張本氏が大阪の浪華商業高校からプロ野球の東映フライヤーズに入団し、大打者への道を歩むことになるのは周知の事実である。

 その後いつだったかは定かでないが、張本氏が 『中学時代は野球と喧嘩に明け暮れ、映画「仁義なき戦い」のモデルになったような人たちにも憧れ、あのまま広島にいたらヤクザになっていたと思う』 と語っていたことを鮮烈に覚えている。

 私は、張本氏が段原中学時代に野球と喧嘩に明け暮れたことで、あれほどまでの野球選手になれたのだな、と妙に納得したものであった。


 「段中の悪」がいたから、今の私がある。

 
 しかし、「段中の悪」がいなかったら、私は迷わず段原中学校に入学していた。

 そうしていたら、私のその後の人生はどうなっていたのであろうか・・・・・


 「段中の悪」の存在が、私の人生の大きな分岐点となったことは確かである。

 懐かしい思い出である。








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