豊臣秀吉の壮絶な最期を熱演した柄本明 ~「功名が辻」第39回~

 10月1日に放送された、NHKテレビの大河ドラマ「功名が辻」の第39回「秀吉死す」。
今回の柄本明さんの演技は、見事の一言につきる。豊臣秀吉の壮絶な最期を、真に迫る見
事な演技を見せた柄本明さんに、見終わった後、私はこれまでのねぎらいを込めて拍手を送った。

 http://www3.nhk.or.jp/taiga/ ←大河ドラマ「功名が辻」のホームページは、ここをクリック

 それでは、そのシーンを振り返ってみよう。

 豊臣秀吉(柄本明)の子、秀頼がわずか4歳で元服式を行なっている城内でのシーン。
 ここから、話が始まる。徳川家康(西田敏行)や前田利家(唐沢寿明)など宿老が居並んで
いる。
 秀吉も皆の前で威厳を誇示していたが、話している途中で秀吉の足元に水がしたたる。
秀吉が失禁したのである。いまで言う、認知症が始まったのだ。
 その場は、前田利家が 『秀頼様、そそうをしてはいけませんよ!』 と機転を利かせて、事な
きを得るが。

  
画像


 そこから死に至るまでの、秀吉の正気と痴呆が入り交ざった演技には、驚かされた。
ここまで演じられるのか!! 正に役者である。これまで、豊臣秀吉を題材にした映画やテレ
ビドラマは幾度となくあった。しかし、秀吉の晩年をこれほどまで赤裸々に、しかも壮絶なシー
ンをふんだんに織り込んでいるのを見たことがない。
柄本明だからこそ、演じられたとも言える。

 そして、伏見城での秀吉の最期のシーン。
 意識の混濁した秀吉の耳元に淀(永作博美)が囁く。 『市である!茶々が産んだ子は豊臣
の世継ぎではなく、織田家の世継ぎである。早よう逝きなされ。猿!』 。
そして、秀吉は悶え苦しみ、狂い、壮絶な最期をとげたのである。
 時は、慶長3年(1598年)8月18日。ここに、怒涛渦巻く戦国時代をトップまで上り詰めた豊臣
秀吉が、62年の生涯に幕を閉じたのである。

 柄本明さん、ご苦労様でした。
 今後も、さまざまな役で、柄本明さんならではの名演技を見せてください。

 「功名が辻」も残すところあと10回となったが、これでまた一人、名優が姿を消した。

 
 
 名演技を披露して、これまでに姿を消したメンバーとその役どころを振り返ってみよう。

 織田信長(館ひろし)、信長の妻、濃(和久井映見)、信長の妹、市(大地真央)、市が嫁い
だ浅井長政(榎木孝明)、その父の浅井久政(山本圭)、信長の家臣、明智光秀(坂東三津五
郎)、柴田勝家(勝野洋)、林通勝(刈谷俊介)、丹波長秀(名高達男)、佐久間信盛(俵木藤
汰)、光秀の妻・槇(烏丸せつこ)。

 山内一豊の生母、法秀尼(佐久間良子)、山内家の重臣で戦さでいさぎよい最期を飾った
五藤吉兵衛(武田鉄矢)、吉兵衛が唯一愛した女性、たき(細川ふみえ)、一豊を愛したが
側室になることを拒まれた、小りん(長澤まさみ)。

 今川義元(江守徹)、将軍足利義昭(三谷幸喜)

 秀吉の生母、なか・大政所(菅井きん)、妹の旭(松本明子)旭の夫、副田甚兵衛(野口五
郎)、秀吉の甥、豊臣秀次(成宮寛貴)、秀吉の家臣、竹中半兵衛(筒井道隆)、蜂須賀小六
(高山善廣)、前野将右衛門(石倉三郎)。

 千代の養父、不破市之丞(津川雅彦)。等など

 これほどまでに役者を揃えた「功名が辻」だからこそ、毎回見応えがあるはずだ。

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この記事へのコメント

NAO4@吟遊詩人
2006年10月12日 23:15
はじめまして
秀吉が亡くなったのは、大阪城ではなく、伏見城ではないでしょうか。私も最初は大阪城だと思っていたのですが、第40回の功名が辻で、石田三成が朝鮮から引き上げてきた加藤清正、福島正則らに、「太閤殿下は伏見城で亡くなった」といったセリフがありましたよね。それに、秀頼は秀吉が亡くなってから、伏見城から大阪城に移ったはずですので、伏見城が正しいかと。
悠々寛大
2006年10月13日 09:29
NAO4@吟遊詩人様
ご指摘をいただき、ありがとうございました。私も改めて史実を確認しましたが、秀吉が亡くなったのは伏見城が正しいですね。早速、本文を修正しておきました。
本文の冒頭にある秀頼の元服式を行なった城と、秀吉が死去した城は、放送では大阪城だと聞こえたはずですが。私の勘違いだったようですね。
旭川の自称美女
2010年09月30日 09:28
4年経過してからのコメントですが書きます。てっきり私はまだお漏らしをしているような子供を後継者にした秀吉に皆があきれているのかと思っていました。実際は秀吉の失禁だったのですね。柄本さんの演技はまさに怪演です。

ところで、出演者の一人である川野太郎さんが去年の天地人で榊原康政を演じていました。功名が辻の第36・41・45話でも同じ役を演じていたということなのですが、どのような感じだったのかが判りません。判るのであれば是非教えていただきたいのですが。
悠々寛大
2010年09月30日 13:20
 旭川の自称美女さん、コメントありがとうございました。
 旭川市には先月訪れ、旭山動物園を見学しました。

 お尋ねの件ですが、川野太郎が後に江戸幕府の老中まで務めた榊原康政をどのように演じたかの印象は、残念ながら4年も経過しているので思い出せません。
 ただ、川野太郎はどの役でも渋い演技をする役者だと思っています。
旭川の自称美女
2010年12月21日 19:51
3ヶ月近く経過してからのコメントでごめんなさい。後になって、NHKアーカイブスで確認したところ、関ヶ原の戦いの後の恩賞を読み上げる場面で登場していました。原作でもこの場面に登場しているということです。

おそらく、この映像は第45話の映像の一部だと思います。それ以外の場面については見ることが出来ませんでした。

話は変わりますが、この作品における一豊の性格について、「素直である」ことが挙げられています(これは家康の台詞からも読み取れます)。1966年の『源義経』における義経についても、頼朝から似たようなことを言われるのですが、義経についてはこれが短所として描かれているのに対し、一豊についてはこれが長所として描かれているのです。この違いは一体どういうことなのでしょう?
悠々寛大
2010年12月22日 13:46
 旭川の自称美女さん、コメントありがとうございました。

 一豊の人物像は、有能というより、愚直で素直で真っ正直という見方が多いようですね。

 当ブログの2006年11月27日付記事“一豊の無策が生んだ悲劇 ~「功名が辻」第47回~”では、次のように書いています。
「律儀で生真面目な一豊は、千代の助力と人徳でここまで上り詰めたのだが、策のなさがついにここで思いも寄らない悲劇を生んでしまった。」

 一豊は信長の代では、1567年(22歳)に50石でスタートし1580年(35歳)に1300石まで加増されました。
 秀吉の代では、1590年(45歳)に5.1万石まで加増。
 そして、家康の代では、1800年(55歳)に20万石まで加増されました。関ケ原の戦いではさしたる手柄はなかったのですが、戦前の功績(小山評定で掛川城を家康に提供する旨を発言したこと)を高く評価され、土佐国一国を与えられました。

 戦国時代を信長・秀吉・家康の三英傑に仕え、激戦を乗り越えて出世した山内一豊。
 これは、彼の性格が素直で真っ正直だったからこそ、三英傑が彼を心から信頼できた。その結果がこのような加増につながったものと考えられます。
 逆にみれば、信長・秀吉・家康が一豊のような性格だったら、歴史上に名を残してはいなかったものと推察されますね。

 なお、義経については、浄瑠璃・歌舞伎など脚色された話が多く存在しますが、実際の性格はどのようだったのでしょうか。ただ、彼は大局的に物事を見ることに難があった、という見方もあり、それらが災いしたのでしょうか。
旭川の自称美女
2011年05月12日 23:09
以前、『功名が辻』における一豊について、『源義経』で菊五郎さんが演じた義経(滝沢秀明さんではありません)と比較してみましたが、来年の『平清盛』に上川さんと玉木さんが出演するそうですね。この作品では上川さんが平家方、玉木さんが源氏方の役を演じるということです。

いくら若く見えるとはいえ、すでに40代後半の上川さんが義経というのは現実的ではないでしょう。

ちなみに、過去に大河作品で義経を演じた俳優に一豊を演じさせるとしたら、『草燃える』の国広富之さんか『炎立つ』の野村宏伸さんだと思うのですが、いかがでしょう?
悠々寛大
2011年05月15日 14:37
 旭川の自称美女さん、コメントありがとうございました。

 国広富之と野村宏伸の最近の演技を観ていませんので、一豊役が適役かどうかはコメントできません。

 私は役者に目がいくのは、第一に演技力です。そして、その演技によって醸し出される迫真の表情が見ものです。
 上川隆也の演技を私は高く評価していますので、上川演じる義経も楽しみです。
旭川の自称美女
2011年05月16日 23:10
ちょっと誤解を与えてしまったようですね、上川さんが演じるのは清盛の側近の平盛国です。義経役はまだ決まっていないとのことです。

国広さんが義経を演じた『草燃える』は公式には永井路子さんの幾つかの作品(『炎環』『北条政子』『つわものの賦』など)を基に中島丈博さんが脚色したものとなっているのですが、一部に司馬作品である『義経』との類似性が見られるそうです。例えば、義経が政治家として無能な人間として描かれているのは双方の共通点と言えるでしょう。但し、永井路子さんと司馬遼太郎さんの歴史観は必ずしも一致しておらず、本作で良妻として描かれている千代について、永井さんは批判的に見ているということです。

ところで、失禁の描写は原作に有ったのでしょうか?同じ司馬作品である『坂の上の雲』の放屁の描写は実話を基にしているものの、原作にはない描写ということなので。
佐藤隆裕
2021年03月17日 18:14
箕部幹事長

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