悠々寛大

アクセスカウンタ

zoom RSS 「北海道の赤ひげ先生」 奮戦記

<<   作成日時 : 2007/06/23 14:03   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 19 / トラックバック 0 / コメント 7

 
 久しぶりに心温まる感動のドラマを見させていただ。
 そのドラマは、昨夜(6月23日)フジテレビ系列で放送した、金曜プレステージ『潮風の診療所〜岬のドクター奮戦記〜』。
 二度の津波に壊滅的被害を受けた北海道東部の浜中町霧多布(きりたっぷ)村に札幌から妻と二人で赴任し、何度も札幌に帰ろうとしたが、村人に懇願され、昭和28年から平成12年までの47年間を僻地医療に情熱を傾け奮闘した道下俊一医師。
 そのドラマチックな半生を自ら綴った一代記 「霧多布人になった医者―津波の村で命守って」(北海道新聞社刊)を基にドラマ化した。
 道下医師を水谷豊が熱演、妻の敏子を高橋由美子が好演し、村長の津田役の蟹江敬三などが脇を固めていた。

画像


 「医は仁術」との信念を持つ道下医師と村の人々との暖かい交流、札幌に帰りたい気持ちを抑え道下医師を支え続ける妻の敏子。
 心温まるストーリーと海と湿原などの美しい自然に感動し、目を離すことができなかった。
 診療所でレントゲン撮影の助手を務めた加藤一彦少年が、のちに漫画家・モンキーパンチ(「ルパン三世」の作者)として大成したというエピソードも織り込められていた。

画像



○「北海道の赤ひげ先生」こと道下俊一医師の半生
 以下に、昨夜のドラマや各種資料を基に道下医師の半生をまとめてみたい。

 1953年(昭和28年)、北海道大学卒業後、研修医として北大病院に勤務していた道下医師は、浜中町霧多布村へ大学医局の突然の指示により派遣された。任期は1年の約束、当時26歳だった。

 霧多布は、前年(1952年)の3月4日に発生したマグニチュード8.2の十勝沖地震により大津波にも襲われ大損害を受けた。多数の負傷者を出し、その後、伝染病の発生も心配されたこの村には、その治療の経験のある道下の存在こそが必要だと思われた。

 道下医師は赴任して直ちに、医療過疎地の厳しい実態に直面する。
 赴任先の「釧路赤十字病院浜中診療所」で、津波の傷跡に苦しみ、伝染病におびえる村人たちの姿を目の当たりにする。そうして浜中村(当時)の沿岸部、延長52キロに点在する集落16、人口8000人の担当地域の人々の命を、たった一人で守らなければならないという境遇に放り込まれた。

 そこには過酷な僻地医療の現実があった。昼夜を分かたず訪れる患者。道路も満足になく、雪と氷の中をかき分け、馬に乗り、シケの海を船で渡り、往診に出かけた。雪で閉ざされた村で、専門外の手術もせざるをえなかった。人口8千人の村の、たった一人の医師だった。

 1年後、札幌の大学に戻ることが決まると、村人たちは入れ替わり留まることを懇願した。
 そのうち札幌へ戻ろうという思いを胸の中に秘めながらも、道下医師は地域の人々に受け入れられて無我夢中で働き、1年、また1年が過ぎた。

 そして赴任から7年後の1980年(昭和35年)。医師の人生を変える大きな出来事が起こる。チリ地震だ。1960年5月23日にチリの太平洋沖を震源とし、マグニチュードは8.5。
 日本を含め環太平洋全域に津波が襲来した。
 地球の裏側から突然やってきた日本での津波(遠隔地津波)被害は大きかった。 地震発生から22時間後に最大で6メートルの津波が三陸海岸沿岸を中心に襲来し、142名が亡くなった。

 復興半ばにあった霧多布をも再び苦境に陥れる。津波にのまれ命を失った道下氏の旧知の人は11人を数えた。津波の後には、けが人、大発生した伝染病の対策で昼も夜もない日々が続く。
 そうした中で壊滅状態の霧多布を捨てようともせず、その復興に汗する地域の人々の姿が道下氏の目に焼き付く。
 そして、治療を受ける高校生が道下氏に向かって叫んだ。「俺たち、故郷(ふるさと)は捨てられない!」。
 
 道下医師は「故郷」について考えた。自分にとっての故郷とは?「自分を本当に必要としてくれる多くの人々が暮らすこの霧多布こそ、自分にとっての故郷なのでは」と思い至った道下医師は、浜中村が日赤から移管された村立診療所の医師として、「霧多布人」として生きていくことを決意したのであった。



○道下俊一 (みちした・としかず)氏のプロフィール
画像

 1926年(昭和元年)サハリン生まれ。北海道大学医学部卒業。
 北海道大学第2内科の研修医当時、十勝沖地震津波(1953年3月)で大被害を受けた道東・霧多布へ1年間の予定で出張を命じられ赴任。
 それ以降、曲折を経ながらも2000年7月に退職するまでの47年間、釧路赤十字病院浜中診療所長、町立浜中診療所長として僻地医療を続ける。
 
 氏の医療活動は「北海道の赤ひげ先生」として知られ、NHKテレビ「プロジェクトX」でも紹介されて全国の人々に感動を与える。
 
 現在は退職して札幌市在住。医学博士。浜中町名誉町民、町立診療所名誉所長。釧路国医師会顧問。
 
 勲五等双光旭日賞、吉川英治文化賞など受賞多数。





テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 19
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた 驚いた 驚いた
ナイス ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
テレビを見て、とても感動し暇さえあれば
録画したのを見てます。
このような医師が増えることを願ってやみません。
先日、ある放送局で道下さんの事をテーマにしたのを聞き
もっと詳しく知りたいと、ここがヒットしました。
水谷豊の演技も良かったです。
ちなみに奥さんが実際の奥さん(ミキさん)だったら
もっと良かったかも・・・
でも、ここにコメントがないのが残念です。
よっしー
2008/02/03 18:51
 よっしー様、コメントありがとうございます。
 ダブったコメントはクリーニングさせていただきました。

>水谷豊の演技も良かったです。
>ちなみに奥さんが実際の奥さん(ミキさん)だったら
>もっと良かったかも・・・

 ミキさんとは、水谷豊の前妻ミッキー・マッケンジーのことですか?
 気になるので、二人について調べてみると、次のようになっていました。

 『熱中時代・刑事編』(1979年)で共演(早野武役:水谷豊、早野の妻役:ミッキー・マッケンジー)した後に二人は結婚したのですが、数年後に離婚しました。
 そして、水谷豊は1989年に、『あんちゃん』等で共演した元キャンディーズの伊藤蘭と再婚し現在に至っています。
 他方、ミッキーのその後については、2004年6月に、『(ミッキーは)この前テレビでやってました。日本の教会で宣教師みたいなのをやってます』という情報がありました。
悠々寛大
2008/02/04 08:53
すみません
蘭さんでした・・・。
なんでミキさんと書いたのでしょう(恥
キャンデーズの中で今は
ミキって何をしてるんだろう?と
思いながら打ったのかもしれません。
あとクリーニングも、ありがとうございます。

それにしても・・・
わざわざ私の間違いの為に調べていただき
頭の下がる思いです。
熱中時代も私は大好きで見てました。
最初はミッキーと結婚してたんですよね。
今は宣教師を、やられてるのですか・・。
全然、知りませんでした。
凄い情報力ですね(感心)

あ・・・本題に反れましたが
道下先生って、まだ現役で医師をしてるんですよね。
今は、大分、良くなりましたが
昔の医師って・・・あまり聞かず
「あ・・・風邪ですね。じゃー薬を出しておきます。
ハイ・・・次の方」だったけど
道下先生って、そんな方ではないと勝手に思いながら
私の町にも、こんな先生が居たら・・・・と
ビデオを見ながら思ってます。
よっしー
2008/02/05 00:45
 よっしーさま、再度コメントありがとうございます。
 ご要請のとおり、コメント欄のクリーニングをさせていただきました。

 よっしーさんのおっしゃるように、伊藤蘭だったら、もっと良かったかもしれませんね。
 伊藤蘭は現在、NHKテレビの土曜ドラマ 「フルスイング」(午後9:00〜)に出演していますね。
 元プロ野球の打撃コーチから高校教師へと転身した主人公・高林導宏(高橋克実)の妻・路子役ですが、彼女の持ち味が出ておりなかなかの好演だと思います。

>あ・・・本題に反れましたが
>道下先生って、まだ現役で医師をしてるんですよね。

 道下俊一氏は、今年82歳になられますが、現在、北海道教育委員会の生涯学習講師一覧に次のとおり掲載されています。
 札幌市 道下俊一 
 指導内容「へきち医療47年、青少年と共に」
 肩書:○医師 ○浜中町名誉町民(前浜中立浜中診療所所長)

 この肩書きから見ると、高齢ながら、現在でも現役でやられているようですね。
 道下俊一さんのような医師が全国にたくさんいてほしいものです。
悠々寛大
2008/02/05 01:07
すみません
いつも私で・・・^^;

「フルスィング」私も見てます。
これも本当にあった話なんですよね。
プロ野球コーチを引退して
九州に赴任して・・・

高橋克実がキャンデーズの最盛期の
年頃だったのでコメントで
「まさか蘭さんと共演できるとは・・・」と
興奮して語ってましたよね。

「フルスィング」の話ですが奥さんは不安が
あったでしょうが
伊藤欄の演技も「この人なら大丈夫」みたいな
不安を見せない自然な演技は
実際の奥さんも、そうだったんでしょうね。
旦那さんを信頼してるとこは
道下先生の奥さんと、だぶるような
気がします。

道下先生が浜中町名誉町民に
なられたのも納得です。
高齢ながら講師として現役なのは
本当に尊敬します。

小説も読みますが、やはり伝記の方が
おもしろいです。





よっしー
2008/02/05 20:38
道下先生は、最高でした、とても親切で、夜中でも子供が具合が悪い時は出てきてくれて、とても町民に信頼のあった先生でした、実は当時、私は体が弱くて、他の病院で助からないとい言われた時に、道下先生に助けられた1人です。また会いたいな、こんなに町民に愛され、町民を愛した先生は、他にいませんでしたよ
とても町民に愛された先生です
2014/03/02 00:22
 道下先生は命の恩人だったのですね。
 貴重な体験談をお寄せいただき、ありがとうございました。
悠々寛大
2014/03/02 09:47

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
「北海道の赤ひげ先生」 奮戦記 悠々寛大/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる